戦争博物館への誘い
2004年6月7日
明治日露戦争、大東亜戦争資料館



この日は那須ハイランドパークに行った帰りの道中この光景が目に入り、
この飛行機をもっと間近で見たいと思い、一度過ぎ去った道をユーターンして見学!
建物も古く見かけはボロですが、展示されてるものは、
大変貴重な逸品ぞろいです!と入り口に書いてあった、
中に入りこの言葉が嘘でない事に満足するのであった。




この大砲は明治の日露戦争時に旅順攻撃に使用されていた、28サンチ砲である。
203高地旅順攻略で活躍した大砲、
この重量級の大砲と多大な日本兵の犠牲により陥落させた203高地
これにより劣勢であった日露戦争の勝利に導いたが、勝ち戦とは言えないほどの沢山の人の命が散り、
帰国後の乃木大将は軍神と称えられたが、多くの犠牲を出した旅順攻略に喜びはなかったようである・・・
野木大将の最愛のご子息2人もこの戦いで失ってしまったのである。
そしてこの大砲が、なぜこんなとこになぜあるのか不思議なくらいであるが、
ここのご主人が長年の歳月をかけ、
戦時中に実際に使用されていた貴重な品々を集めてきたらしい。




第二次世界大戦で使用されていた戦車
いすずのディーゼルエンジンを使用し作られていたと記載されていたのを見て、
いすず自動車はこの頃からあったんだと、へ〜と感心。
当店もいすず自動車のお客さんに大変お世話になっており、
いすずのエンジンを使用との事に深い興味と感心を寄せるのであった。




戦時中に使用された練習機らしいが、かなり年代を感じさせる飛行機に、
多くのことを想像させられたのであった。

   


操縦席内部を撮ったが、
これが本当に空を飛んでたのかと思わせるほどの軽装備に驚く。
当たり前であるが、パネルにかかれる文字は今と変わらぬ日本語であった。
当然であるのであるが、なんともそれが不思議に感じてしまった。


   

これは誰でも知っている本土空襲に使用されていた、
アメリカ大型爆撃機B29のエンジンだそうである。
その隣にはゼロ戦のエンジンも展示してあった。

        

館内には数多くの当時使用されていた本物の銃器が整然と並べられており、
実際に使われていた銃が身近に見る事ができ、
本物の迫力と戦争の恐ろしさが伝わってくるようであった。
とにかく銃器弾薬が所狭しと並べられていた。



ほんとどこから入手するんだろう、これだけの文献、
昔の貴重な写真から、新聞、雑誌、掛け軸、などどれをとってみても欲しくなるものばかり、
残念なのは、ガラスの中に展示されたものは手にとることが出来ず、本の内容が分からない事、
あれだけの書物を前にしたら読みたくて読みたくて仕方なかった。



凄いよ!この新聞、内容は現地で確認されたし。
こうして見ると新聞も大切にほぞんしておくと、これだけ貴重な立派な文献と成る事を知る。
今現代の新聞も100年経てば貴重品。

      

数々の勲章が並ぶ
まったくこれだけよく集めたもんである。あっぱれ!

      

日頃見慣れないものが沢山展示されており、
普段の生活では見られない貴重な資料をじっくりと拝見!
凄いの一言。



このような重火器がおいてあるんはなぜ?
どこから持ってきた?
これは銃刀法違反ではないのか?
こ〜んな素人ならではの疑問が沸き起こる中、
館内をゆ〜っくりとまわる。




これだけ銃が置いてあると圧倒される。
私も小学生の頃よりひそかにガンマニアであったが、
これだけ本物が置かれている光景を見るのは初めてであり、少々驚きであった。



うちの店に地元では有名な軍事評論家がおいでになるので、詳しく聞いてみようと思いながら、
館内を後にするのであった。
外見は古ぼけた、一見なんであろ〜と思わせる建物であったが、
入場料1000円はけっして高いものでなく、
見る人によっては非常に貴重な品々に満足を与えてくれる記念館であると思うのであった。

この後、昔見た203高地の映画のビデオを探しだし、深夜見る事に・・・
事実かどうかはわからないが、日露戦争終結後、
乃木希典大将の明治天皇への旅順攻略の報告の最中、
苦しかった戦いを思い起こし、体を震わせ涙を流す場面では、
涙を流さずには見れない感動の場面であり、
この日本の先祖の方々に敬意を払うのであった。


日露戦争を詳しく知りたい方はこちらまで

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